大西がたった1人で
近江上布に挑む理由。
「大西新之助商店」の伝統工芸士・大西實。平成2年から彼の父親の名前を屋号としている。大西は、伝統工芸士の中では特に異色の経歴の持ち主である。学生運動を経験しサラリーマンを経て、職人の道を進んだ。しかし、彼が職人としての経歴を積むのに反して、年を追うごとに周囲の職人たちも引退し始めた。仕事を頼む職人がいなくなる状態の中で、彼は決意する。近江上布の製作工程を1人でやることを。
現在、さすがに麻糸の調達は業者に任せているが、図案の構想から織りまで大西1人で行っている。例えば、図案や配色を考えること。その際には昔の着物・焼き物・絵画などを参考にしていると言う。逆に、店頭にある洋服や今流行りのデザインは参考にしない。「目に焼きついてしまって真似するかもしれんやろ。それやったら見んほうがええな」。さらに色を考える時に一番参考にしているのは、自然。「山や川や空の色は出そうと思っても出せん。でも、できるだけ近づけたい」、と。
また大西は作るだけではなく、売ることも自身で行う。これは彼が職人として、買う人の立場に立った仕事をしなくてはならないという思いがあるからだ。お客さんと直接やりとりできれば、実際にどのような色が好まれているのか分かると言う。自分に求められるものがあるのなら、物を作る理由としては十分。だから、彼は実生活に必要とされる物を作る。かつての近江上布が実際の生活の中で使われなくなるのなら、今生きる人たちに必要とされる「平成の近江上布」を作らなければならないと言う。
それは大西が伝統と向き合う姿勢とも言える。彼は「伝統とは少なくとも守るものではない。守りに入ると前へ進めなくなるから、常に変化しなければならないもの。車も100年経てば、最初に出来た車ではなくなるやろ。単に古いから今の時代に残すということはしない。実際の生活の中でしっかりと生きるものを作りたい」と語る。今、自分がやっている仕事が次の伝統を生む。大西は新たな伝統を次の世代へ伝えるために「平成の近江上布」作りに挑み続ける。
近江上布の血統を継ぐ
平成生まれのクレイジー上布。
近江上布の定義は幅広く、滋賀の湖東地方で織られた布を総称する。昭和52年に伝統的工芸品認定を受け、使用する原材料や技法の条件を満たせば「近江上布」と認定。大西はなるべく昔の考え方に縛られず、現代に合ったものを作り提供しなければならないと考えているから、自分が作る近江上布を「新之助上布」と呼ぶ。彼が作るものは、まさに平成の近江上布。彼はそんな想いを込めた近江上布に「クレイジー上布」という愛称をつけている。「やるんだったら、とことんやったらええんや。設備や材料の限界があるけども、これはやったらあかんという枠組みが決まっていない。失敗を恐れずにどんどん挑戦する。せやからクレイジーなんや」。
クレイジー上布は近江上布の伝統的な技術や知識を結集し、かつモダンな色づかいを配すのが特徴である。「色づかいにしても昔こんなものはなかったと言うが当たり前や。昔は昔、今は今や」と大西は言う。「結局の所、あれこれ言う前にやってみんと。例えば、知らん場所にしても行ってみな良さが分からん。それに行った人間にしか分からんこともある。行かずの後悔よりも行っての後悔。その時に引き戻せるだけの力があれば、なんぼ失敗してもいいと思う」。
大西は挑戦者だ。しかし、その挑戦は無謀ではない。現在、大西はお客さんに直接売り、要望を聞いている。「こんな色が欲しい」「近江上布でこんな服を作って欲しい」といった声は、製作のヒントになる。もちろん、それは全てお客さんのため。大西が見据えている先には、いつも使ってくれる人がいる。「伝統的工芸品やから言うて、何でも手でやるというのは違う。機械でやれることは機械でやって、お客さんの手に取りやすいものを作りたい」。これからも、大西は失敗を恐れずにお客さんに求められる「クレイジー上布」を提案し続けるのだ。
大西が提案する
お客さんとの関係づくり。
大西は職人としては珍しく販売も自分で行う。そのことについて彼は「作る人は作る人、売る人は売る人という時代は終わったのかもしれない」と語る。通常、商品は製造元・問屋・小売店を通ってお客さんの元に届く。しかし、この流れでは作った人の想いが伝わらないのはもちろん、お客さんの意見や感想も返ってきづらい。そこで彼は直接、お客さんに売ることで何を求めているのかを聞こうと考えた。大西はこう考える。「常に市場に提供できるものを作れるか。繰り返し供給できるか。趣味の世界で終わっては意味がなく、日常で使ってもらえるものを提案しなければ。職人はそれしか生き残る術はない」、と。業界の現状を嘆くだけなら誰にでもできる。しかし、彼は挑戦することをやめない。なぜなら、そこに可能性が残っているから。
作ること、そして売ることも考える職人・大西。彼の販売方法も独特である。「買わなくて、観るだけでもいい。知ってもらうことが大事」と考え、絶対にこちらから商品を勧めないと言う。「もしAかBかで悩んだら、両方おやめくださいと言うよ。こちらの方がいいんじゃないでしょうかって勧めない。これ!と思ったら買って欲しい」。そしてこう付け加えた「さすがに夢にまで出るくらいやったら、もうそれは買うべきやとお勧めするよ」。
大西は言う。「自分が売りたいものを売ったらあかん。お金を払う人が正しい。最終決定権はお客さんが持っている」、と。だからこそ、大西はお客さんの声に耳を傾け、お客さんが欲しいと思うものを作り続ける。「業界の人間が売れないと思うものは、案外売れるんやもん」。職人とお客さんが出会える現場は、この先さらに必要とされる。その出会いをきっかけに新たな伝統が生まれていくのだろう。