大阪浪華錫器 今井 達昌

職人集団の作り方と
プロフェッショナルの条件。

職人とは別に経営者の顔も持つ、大阪浪華錫器の今井。彼は「職人の経営者」として徹底していることが一つある。それは、上の職人が若い職人の手本になること。特に、若い職人にはいきなり自分のやり方を身につけないよう指導している。遠回りになるかもしれないが、きちんと基礎を習得していれば、新しい仕事を請け負う際でも商品を完成させることができるからだ。そのため、上の職人は技術を「感覚」ではなく「理屈」で教える。技術の理屈が分かることで、道具の使い方から全て理解できるのだと言う。
さらに今井は、若い職人たちに「仕事の機会」を多く与えている。職人は数をこなして技術を習得するものだと考えているからだ。例えば、仕事で使う鋳型にしても一つひとつ癖がある。鋳型をどれだけ温めればいいのか、どのタイミングで型から取り出せばいいのか。これらは経験でしか身につけられない。若い職人の技術を高めるために、「理論」+「経験」をしっかりと身につけさせる。
「せやから若いもんの技術も認める。よう頑張ったなぁと言うよ」。若い職人の成長は同時に会社の成長でもある。今井の「職人的経営哲学」により、通常、職人の技術は「5年タダ飯」と言われている所、「3年で半人前」にまで職人の成長速度を向上させた。
「スピードの差」。しきりに今井の口から出る言葉である。これは今井が考えるプロフェッショナルの条件である。きれいに作るのは訓練すれば誰でもできるが、いかに無駄な動きを省いて受注数をきちんと納品できるかどうかが重要だと言う。しかし、今井の場合は仕事のスピードだけではなく、若い職人を一人前に仕上げるスピードも早い。
そんな今井の信条は意外にも「職人はしんどいことをしない。普通のペースで仕事をすること」。無駄なことをせず、きちんと仕事をすれば、遊びの時間が増える。遊びの時間で、仕事ではできない経験をしたらいい。それがまた仕事につながる。これも今井が導き出したプロフェッショナルの条件である。

若かりし頃の葛藤が生んだ
今井独自の技、さざなみ。

飽くなき工夫と挑戦。大阪浪華錫器の今井が生みだした技、「さざなみ」も葛藤の末に生まれた。「さざなみ」とは、錫に施す模様の一つであり、現在に至るまで多くの賞を授与している。では、どうやって「さざなみ」は生まれたのだろうか?
今井が「さざなみ」を開発したのは、職人として活動し始めて3,4年経った頃。上手に模様が付けられない若手の自分がどうすれば30,40年の職人と渡り合うことができるのか、ということを考え、仕事の合間に試行錯誤を繰り返した。その結果生まれたのが波の動きを表現した模様「さざなみ」。若かりし頃の葛藤が自分の技とアイデアを練るきっかけとなり、新しい技法を生み出し、伝統に新たな1ページを付け加えたのだ。
職人には「自分の武器」が必要だと今井は語る。一つでも他の職人よりも秀でるものがあれば、ベテランの職人とも肩を並べることができる。だからこそ自分にしかできない仕事をし、自分にしか作れないものを作らなければならない。
しかし、そんな彼でも自分のことを一人前だとは認めていない。「若いもんでも自分よりも優れた技術を持つもんもおるからなぁ」と今井は言う。肩を並べることと、一人前になることは違うらしい。彼は「仕事ができると思ったらそこで終わりや。もうそこから何も伸びん」と言う。そして、「職人は死ぬまで仕事。職人は死ぬまで競争。100対99でも、勝っていればいい。職人は負けたら終わり」と語った。そして、「ま、下のもんに偉そうに言うために必死なんやけどなー」と、表情を緩めて笑う。

錫器は人の温もりが伝わる。
その温もりを味わって欲しい。

錫器は消耗品ではない。錫器を買えば、大げさな表現ではなく一生使える。しかし、なぜそのような錫器が今もなお生き残っているのだろうか。今井は、自分の「伝統」の捉え方をその答えとした。「私たちは次の時代へ伝えていくための、一つの時代を預かっている。その時代に需要がなくては駄目。今の時代に必要とされるものを作らなければならない」。
大阪錫器株式会社ではタンブラーやジョッキをはじめ、さまざまな錫器を作っている。錫器は日常に愉しみをもたらすもの。例えば、錫のタンブラーでビールを呑むと口当たりが良くなり、まろやかさを感じる。錫器が毎日の晩酌を一味違うものへと変える。今井は味の変化も感じて欲しいが錫の感触も味わって欲しいと言う。「錫はな、金属の中でも一番手になじむと思う。だから人の温もりが伝わりやすい。」これは、今井が錫を愛する理由でもある。さらにこう付け加える。「お店なんかでな、これ何やろうなと思って使って、錫なんやというのに気付いてもらいたい」これこそ、今井が考える「伝統」である。それは職人と職人だけではなく、職人と使う人とのつながりを作ること。今井は今日も職人たちと、誰かの生活を豊かにする物を作っている。

今井 達昌

今井 達昌いまい たつまさ

伝統工芸士
現代の名工
大阪浪華錫器株式会社代表取締役社長
事務所名
大阪錫器株式会社
所在地
大阪府大阪市東住吉区田辺6-6-15
TEL
06-6628-6731
FAX
06-6628-6735
Email

URL
http://www.osakasuzuki.co.jp/
今井 達昌 (いまい たつまさ)