西陣織 渡邉 隆夫

渡文株式会社の
製作総指揮・渡邉隆夫。

伝統工芸に携わる人の考え方、もしくは作る工芸品によってもそれぞれ仕事のスタイルは違う。図案の考案から販売まで一人で担う者もいれば、複数の優れた職人たちとともに仕事をしていく者もいる。その中でも独特なスタイルで伝統工芸に携わっているのが、渡文株式会社の渡邉隆夫。彼はいわゆる職人ではない。言わば、渡邉隆夫は西陣織の製作総指揮である。
渡邉は子どもの頃から父親の仕事風景を見て、自分が父親と同じ道に進むのは必然であると確信していた。大学卒業後、東京の呉服問屋に入社し、1964年に渡文株式会社入社。彼が25歳の時である。若かりし頃から今に至るまで、「ええもん作るために、トップクラスの職人に頼んで仕上げていく。そのために自分にしかできないことがある」と考えている。
現代で言うと、“ディレクター”や“プロデューサー”に近い渡邉の仕事。その中でも大きな仕事は西陣織の完成図を考えることである。例えば、デザインソースをどっから持ってくるのか。材質はどういうものを使うか。そのための加工をどうやってするのか。設計はどうするのか。
西陣織に関係するさまざまなことを考慮して、これらのことは一人ひとりの職人に伝えられていく。
しかし、製作総指揮という仕事は単純に美意識があればできるというものではない。西陣織の一つひとつの仕事の理解はもちろん、古今東西のデザイン・美術の知識の蓄積も必要である。そのために渡邉は自分の父親はもちろん、多くのトップクラスの職人たちと対話し、物作りの理屈や思想を共有してきた。そうすることで感覚を高め、物の良し悪しを判断できるようになったのだ。現在、渡文株式会社の製作総指揮として活躍しているのは、そうした職人たちとの対話の賜物である。

渡邉の西陣織と
禅の美意識。

古今東西のさまざまな物に新しいデザインの可能性は含まれている。渡邉はギリシャ織物など、歴史の紐解きはもちろん、現代のデザイナーの仕事にも注目する。これらはすべて、西陣織の更なる可能性のために。彼は「いいデザインは、パッとのひらめきで出るのではない。日頃から、何を見てきた何を考えてきた何を感じてきたかという経験の蓄積が大事」だと語る。たとえば縄文土器の文様を新しい帯のデザインに利用できるのではないか。もしそれを利用するなら材質や加工はどうしようかと試行錯誤する。そこに可能性が潜んでいると言う。渡邉は「魔法使いとちゃうねんから。創造性にはどこかにヒントがある」と語る。
特に彼が着目しているのは、「日本の間の文化」だ。要らない物だけを削り必要な物だけを残すということは日本特有のデザインの思想であり、日本のデザインの原点。現在、出光美術館に所蔵されている仙厓義梵作「○△□図」を例に挙げ、「禅僧の美意識にはやられたな」と語る。京都特有の絢爛豪華な表現はもちろん、足し引きが完全になされた最高の形を求めることも渡邉の探究心をくすぐるのだ。禅僧がかつて描いた美を西陣織に溶け込ませ、渡邉は新たな形を世に提案する。

真似を拒み続けた西陣織は
コンテンポラリーとなった。

渡邉は自分が仕立てる西陣織の面白みは、「真似」をしない所だと言う。そもそも伝統的工芸品は長い歴史と技術を積み重ねて現代へと受け継がれてきた。しかし、代々西陣織を作ってきた者たち、そして渡邉自身はこう考える。「西陣織は歴史にはこだわらない。なぜなら人の真似をするのが忌み嫌われる。新しい物を現代に生み出すためには必要なことや」、と。新しい物とは、無から有へとポンと魔法のように生まれるものではない。それまでの時間や経験の蓄積、そして何よりも作り手の探究心や工夫が重要なのだ。
だが、もちろん基礎なくしては応用を実践することはできない。渡邉は理屈を受け継ぐことが重要だと言う。それは、多くの職人との対話や過去の文献を紐解くことから身につけていく。理屈を全部分かった上で、そこから初めて工夫が活きてくる。渡邉は、「そう考えるとな、西陣織ってコンテンポラリーやな」と語る。伝統という言葉の裏側にある「古い」や「前時代」のイメージに捉われず、いつの時代でも西陣織は新しい物や新しい考え方を提案し続けてきた。だからこそ、歴史にはこだわらないのだろう。
庶民のファッションとしての西陣織の歴史はまだまだ浅い。西陣織と庶民との接点が生まれたのは近代からで、長い間、公家や皇族しか着られなかった。徐々に庶民へと広がり、戦後、正装としてはもちろん洋服と同様にファッションとしても愉しめる時代を迎えた。渡邉は西陣織をはじめ、織物にとっていかにその時代のファッションに合わせたものを総合的に作るかが重要だと言う。たとえば、カーテンならカーテンだけ、女ものなら女ものだけと、一つの物を作るだけでは織物業界は衰退してしまう。現代の多くの人が身につけたくなるものを多種多様に揃えることで、その時代の必要性に迫れる。そして、その多彩な活動によって作る量が増えることで同時に職人の腕を磨く良い機会になり、次の時代を担う人材育成も果たす。現代の世を生きる渡邉は、これからもコンテンポラリーなものを提供し、西陣織の可能性を広げていく。

渡邉 隆夫

渡邉 隆夫わたなべ たかお

渡文株式会社代表取締役社長
西陣織工業組合理事長
事務所名
渡文株式会社
所在地
京都市上京区浄福寺通上立売上ル大黒町693
TEL
075-441-1111
FAX
075-431-0001
Email

URL
http://www.watabun.co.jp/
渡邉 隆夫 (わたなべ たかお)